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【小説】「きみの世界に、青が鳴る」|階段島シリーズ完結作!!「いなくなれ、群青」の結末がここにー。

「きみの世界に、青が鳴る」

新潮社

令和元年5月1日 発行

著者 河野裕(こうの ゆたか)

発行 新潮社

 

 

あらすじ

階段島に捨てられた小学生の大地を現実に戻すため、七草は魔女の世界にいる彼の両親と接触する。大地にとっての幸せとは何なのか?真辺は完璧な幸福を探し繰り返し魔法でシミュレーションを試す。しかしそれはあまりにも残酷で悲しい結果しか生まない。それでも真辺は諦めない…完全な幸福を求めてひたすらに進みつ続ける。その姿をいつまでも見ていたいと願う七草、やがて、七草が見つける「失くし物」とは。

 

主な登場人物

七草

堀を愛し階段島を守りたい、反対に真辺を信仰している。何も捨てないで成長する事を探している。

真辺

どうしようもなく真っすぐで、諦めがない。理想を追い求めどこまででも走り続けられる。

優しい魔女。階段島で捨てられた人たちを大切に守っている。子供の頃から七草と共に階段島を作り上げた。

安達

もう一人の魔女。魔法を嫌い、魔法を捨て去りたいと思っている。七草と似た思考を持っているが描く結末は全く違う。

時任

先代の魔女。相原大地の母・相原美絵と三島の人格を引き抜いたことをトラウマとして魔法に絶望していた。大地に対して責任を持とうと決心し、堀と安達に魔法を貸し与える。

相原大地

島に来た唯一の小学生。母親からの愛情を受けずに過ごしていた。それでも母親を深く愛している。

相原美絵

相原大地の母親。最愛の婚約者の死をきっかけに「愛情」を失くし、生まれた子供に愛情を持てず苦しむ。

三島

相原美絵の婚約者。血液のがんで闘病中自ら命を絶つ。

100万回生きた猫

虚言癖のある友人。いつも学校の屋上にいて七草は彼を気に入っている。堀とは手紙をやり取りする仲。

階段島

人口2000人ほどの小さな島。魔女によって管理される「捨てられた人たちの島」島を出るためには「失くしもの」をみつけなければいけない。住人たちは何不自由なく暮らしている。

ピストルスター

1990年に発見された太陽よりもずっと大きな星。地球からは遠く離れすぎているため光を見ることはできない。七草が長く信仰し続ける星。

感想

この物語は、「哲学」の範囲だと思います。なので、感想については本当に個人で感じたことになるので人によっては解釈も変わってくると思います。それが著者の意図するものと違っても否定せず見守って下さると幸いです。

まず、この物語全般を通して感じていたことは、七草の異常なまでの真辺への信仰でした。究極の愛なのかもしれないし、歪んだ感情なのかもしれない。それでもそこには芯があって、間違いを認めて、見つけ出す七草。それを成長と呼ぶのか、諦めと呼ぶのか。一つの側面ではそれは成長でした。七草は真辺という光を信じその真っすぐさがどれだけ愚かでも真っすぐあれば良いと思っていました。それを大切に箱に入れて抱きしめていく事が七草の成長だったのかもしれません。この”信仰を100万回生きた猫は”怪物”と表現しました。誰の心にもいる、本当は存在しない怪物。100万回生きた猫の言葉はいつも誠実で優しさに溢れていました。その優しい世界 猫の隣で七草はひと時の休息をしていたのかもしれません。七草はこれまでの物語でいつも先回りをして守り続けてきました。”信仰”によって支配された感情がどこへ向かうのか、何を選び何を捨てるのか。終盤で七草は堀から「失くしものは、みつかりましたか?」と聞かれ、「みつかったよ」と答えます。それが具体的に何なのかは明言されません。真辺を信仰しその真っすぐさを守りたいという極端な愛を間違いだと認める心なのか、固執する心、依存する心、それを抱きしめているのは間違いじゃない、成長という名前に置き換えて箱にしまう事を恐れない。そんなことを描いているのだろうかと感じました。誰もが成長する事に戸惑います。子供だった価値観から大人になるためにいろんなものを乗り越えていきます。大切なものを守り続けることは難しく、それができる人が強いと言われ、でも弱い人にも弱いなりの意地があり諦めない心があります。年齢を重ねて大人になったから大人なわけではありません。前作「夜空の呪いに色はない」で、トクメ先生が語った大人の定義に心を打たれました。

「世の中には、二種類の大人がいます。一方は子供でいられなくなり、仕方なく大人になった人たちです。 <中略> 新しく何かを得たわけではなくて、ただ、子供でいる権利を失っただけ」

「もう一方は、自ら大人であることを選んだ人たちです。」「未来を創る義務を負う覚悟を決めたのが、正しい意味での大人です」「子供というのが未来ですよ。私たちが義務を負っているものの象徴です。」「夜空の呪いに色はない」より一部抜粋

 

正しい大人になれたのだろうか?仕方なく大人になったのではないか?それを確信できないから意地を張るのだというようなことをトクメ先生は言いました。私は子供でいる権利を失ってから覚悟を決めたように感じました。そんな風に正しく大人になれなかったのはそれでもきっと間違いではないと思います。権利を失った後、もがいて、箱にしまって傷ついて、覚悟を決める。きっとそんな風に多くの人が成長していくのだと思います。この階段島のようにわかりやすくいらない自分、価値観を捨てられたなら、でも捨てることなく成長できたなら…。七草のように信仰することで出来上がった自分を受け入れ大切にすることも難しい生き方で、真辺のようにただ真っすぐに完璧だけを求めて突き進むのも、生きづらさとなります。ラストで、真辺は突然階段島を去ります。そこについて多くは描かれません。生きづらさを抱えたまま、成長することを覚悟し、正しく大人になろうとしたのでしょうか。それを七草は悲しみながらも受け入れます。「どこにだって、行けばいいー」と。それが本心であり、最初から七草の願いだったのです。それこそが真辺由宇で、七草の信仰する、光だったのです。

真辺が階段島を去ってさらに5年と少し経った頃、七草は現実の七草と顔を合わせます。現実の七草は23歳、市役所で働いていました。そして、その左手にはシンプルな銀の指輪が…彼は少し、階段島の七草を拾いたがっているように思いました。でもそうはせず、少し話をして別れます。この描写が意味する事をこう解釈しました、成長した現実の七草は結婚する事に、少しの不安を抱えているのではないか?という事。きっと結婚相手は真辺なのでしょう(憶測です)だから、その真辺への純粋な信仰を持つ階段島の七草が気になってしまった。現実の七草は、現実を生き、曲がりくねったり飲み込みながら受け入れ成長してしまっていたんだと。それを悲しいとも、素晴らしいとも表現しません。そして階段島の七草もまた彼と話すかもしれないと受け入れます。不快感や嫌悪感はもうありません。清々しいエンディングだと感じました。「きみの世界に、青が鳴る」は七草と真辺の物語であったと思います。主に、七草の。それ以外、例えば堀や安達、時任のその後や階段島について、魔法についても明言されていません。どうなったのか…それは想像の中でしか描けないにしても、それを美しいと思います。はっきり描かれてしまったら、堀の理想を打ち破る安達の優しさも、時任の苦しみもあやふやにかき消されてしまう気がしたからです。読んだ人がそれぞれの解釈で、それぞれの未来を描けたなら、それが一つの結末なのだと思い、また何度も読み返していこうと思います。

 

シリーズ紹介

1.「いなくなれ、群青」

平成26年9月1日発行

シリーズ第1作目となる本作は大学読書人大賞を受賞し令和元年(2019年)には、実写映画が公開される。突然連れてこられた「捨てられた人たちの島」それが階段島だった。島を管理するのは誰にも姿を見せない魔女…。この島の秘密を仮定した七草はこの島で最も会いたくなかったかつての友人真辺由宇と再会する。

2.「その白さえ噓だとしても」

平成27年6月1日発行

階段島で起こる大事件「インターネット通販が使えない」「クリスマスの七不思議」この二つの謎が交差する時、七草は階段島最大の謎と対峙する。

3.「汚れた赤を恋と呼ぶんだ」

平成28年1月1日発行

夏休みの終わり、真辺由宇との再会をきっかけに、謎の少女・安達と「引き算の魔女」の噂を追い始める。何を捨てて、何を成長と呼ぶのか?

4.「凶器は壊れた黒の叫び」

平成28年1月1日発行

階段島にやって来た安達は島にいる唯一の小学生大地のために新聞部を創設。しかしそれは魔女を追い込む罠だった…。階段島の歴史と魔女が追い求めた理想。そして不幸とは…。

5.「夜空の呪いに色はない」

平成30年3月1日発行

階段島の郵便配達委員・時任は心に大きな傷を抱えていた。そしてその過去は階段島に、大地に大きく関わる問題だった。物語は大きく動き出すー。

6.「きみの世界に、青が鳴る」

令和元年5月1日発行

真辺由宇。彼女は七草にとっての「ピストルスター」どうしようもなく圧倒的な光で信仰だった。これは、彼女と僕の物語。心を穿つ青春ミステリ完結作ー。

 

著者について

1984年(昭和59年)徳島県生まれ。兵庫県在住。グループSNE所属。2009年(平成21年)『サクラダリセット CAT,GHOST and REVOLUTION SUNDAY』でデビュー。ファンタジーを盛り込んだ哲学的な小説やミステリが印象的な作家。

 

おわりに

ついに、河野裕氏の描く青春ミステリ階段島シリーズが終わりを迎えました。読み始めたころはこんな哲学的な作品だと思っておらず、ただ単純に青春の物語でちょっと複雑な個性の強い登場人物のお話なんだと思っていました。それがどうでしょう。巧妙に考え抜かれたセリフの数々に儚げな若者の感情、大人とは成長とはなど、大人が忘れている根底のようなものを考えさせられたりと、深い作品でした。シリーズ物をここまでのめり込んで考えながら読んだのは初めてでした。自分の成長や振る舞いなども良く考えていきたいと感じさせられた作品です。



シリーズ第1作目「いなくなれ、群青」レビューはこちらから。ぜひ1作目からこの世界に没頭してみて下さい!きっと何かが伝わるはず…。

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